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東京地方裁判所 平成6年(特わ)254号 判決

本籍

東京都港区西麻布二丁目七五番地

住居

東京都世田谷区上北沢三丁目二五番一七号

クリーニング店従業員

神保浩子

昭和一九年一〇月五日生

本籍

東京都港区西麻布二丁目七五番地

住居

東京都世田谷区上北沢三丁目二五番一七号

会社役員

神保光宏

昭和一八年一月二五日生

右の者らに対する各所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官金澤勝幸、弁護士鬼塚賢太郎各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告神保浩子を罰金二八〇〇万円に、被告神保光宏を懲役一年二月にそれぞれ処する。被告人神保浩子においてその罰金を完納することができないときは、金二五万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

被告人神保光宏に対し、この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人神保浩子は、東京都世田谷区上北沢三丁目二五番一七号(平成三年六月二九日以前は東京都港区城金台三丁目一二番二-二〇四号)に居住し、千葉県浦安市東野二丁目二九五番二所在の土地(面積約二〇〇〇平方メートル)を所有していたもの、被告人神保光宏は、被告人神保浩子の夫で、同被告人の代理人として同被告人が所有する右土地の売却を行ったものであるが、被告人神保光宏は、被告人神保浩子の財産に関し、同被告人の右土地の譲渡に係る所得税を免れようと企て、右譲渡収入の一部を除外する方法により所得を秘匿した上、被告人神保浩子の平成二年分の実際分離課税の長期譲渡所得金額が二〇億〇九四九万四五〇三円(別紙1所得金額総括表及び修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、平成三年三月一五日、東京都港区芝五丁目八番一号所在の所轄芝税務署において、同税務署長に対し、平成二年分の分離課税の長期譲渡所得金額が一四億七二八八万〇八三八円で、これに対する所得税額が三億六六一三万二五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額五億〇〇二八万六〇〇〇円と右申告税額との差額一億三四一五万三五〇〇円(別紙2ほ脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人両名の当公判廷における各供述

一  被告人神保浩子(三通)及び被告人神保光宏(五通)の検査官に対する各供述調書

一  柏原裕次、本田實、深井次郎及び八十嶋庄三(二通)の検査官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の譲渡収入調査書、取得費調査書及び譲渡費用調査書

一  検査事務官作成の捜査報告書

一  押収してある所得税確定申告書一袋(平成六年押第五六四号の1)及び「譲渡内容についてのお尋ね」と題する書面一袋(同号の3)

(法令の適用)

一  罰条

1  被告人神保浩子について 所得税法二四四条一項、二三八条一項(罰金刑の寡額については、刑法六条、一〇条による平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による)、二項(情状による)

2  被告人神保光宏について 所得税法二四四条一項、二三八条一項(罰金刑の寡額については、前同)

二  刑種の選択

被告人神保光宏について 懲役刑

三  労役場留置

被告人神保浩子について 刑法一八条

四  刑の執行猶予

被告人神保光宏について 刑法二五条一項

(量刑の理由)

本件は、被告人神保光宏(以下「被告人光宏」という)が、妻である被告人神保浩子(以下「被告人浩子」という)の代理人として、同被告人が所有する千葉件浦安市所在の判示土地(以下「本件土地」という)をエヌエスケーファイナンス株式会社(以下「NSK」という)へ売却するに当たり、八十嶋勝一(以下「勝一」という)が経営する日本ランド株式会社(以下「日本ランド」という)をダミーの売買当事者として介在させ、右譲渡収入の一部を除外する方法により被告人浩子の右譲渡収入を五億四〇〇〇万円余少なく見せかけ、一億三〇〇〇万円余りの所得税を脱税したという事実である。被告人光宏は、本件土地をNSKへ二三億六〇〇〇万円余で売却することで事実上合意したが、これを知った勝一から、右売買に日本ランドを介在させて同社に右価格よりも低い価格で売ったことにすれば税金が安くなるので、その分を同社で使わせて欲しいなどと持ち掛けられ、これまで金銭的迷惑をかけてきた被告人浩子に内緒で使える資金を作って株取引ができるなどと考えて結局はこれに応じ、仮装の売買契約書を作成するなどして五億四〇〇〇万円余の譲渡収入を除外し、このうち合計一億二〇〇〇万円を勝一に支払い(うち二〇〇〇万円は税務署対策の工作資金)、その余を仮名の定期預金にするなどして保管した上、株取引資金等として使用していたもので、犯情は悪質であって動機にも格別酌量すべき事情はない。弁護人は、被告人光宏は、〈1〉専ら勝一を利得させる目的で本件に及んだものであり、〈2〉差額分の税金は勝一側で納めるので国に損害はないと認識していた旨主張する。しかしながら、〈1〉については、そもそも被告人光宏自身が公判において、裏金を作って株取引をしてみようかという気持ちがあったと供述し、自らに利得目的があったことを認めている。〈2〉についても被告人光宏が勝一に税務署対策の工作資金として二〇〇〇万円を支払っていることなどに照らすと、同被告人が勝一側で差額分の税金を納めると信用していたとは考え難い。また、被告人浩子は、NSKとの間の売却承諾書や、仮装の売買契約書に自ら署名したり、同社との契約に立ち会うなどしているのであるから、契約書類の内容を確認するなどの注意を尽くせば、被告人光宏の不正行為に気付くことができたと考えられる。さらに、修正申告はなされたものの、本件脱税に係る本税及び附帯税が全く納付されておらず(そもそも申告所得税三億六〇〇〇万円余についても五一〇〇万円が納付されているにすぎない)、今後の納税の具体的見通しも立っていない。加えて、この種事犯に対しては一般予防の必要性が高いことも考慮すると、被告人両名の刑事責任は軽視することができない。

他方、本件判行のほ脱率自体は約二六・八パーセントに留まっていること、被告人浩子は被告人光宏と本件犯行の共謀をしていたわけではなく、両罰規定による刑事責任を問われていること、前記のような勝一からの働き掛けが、被告人光宏が本件脱税に及ぶ契機となっていること、被告人浩子所有の品川区上大崎所在の土地が国税当局によって差し押さえられていること、被告人浩子には前科前歴がなく、本件を反省していること、被告人光宏には賭博罪による罰金刑一回以外に前科はなく、犯行の経緯について弁解をしているものの、公訴事実自体は認めていること、被告人両名には未だ社会人として自立するには至っていない長男と二男がいることなど被告人両名のために酌むべき事情も認められる。

以上のほか一切の情状を総合考慮すると、被告人浩子については主文の罰金刑に処し、被告人光宏については主文の懲役刑に処するとともにその執行を猶予するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 被告人浩子・罰金四〇〇〇万円、被告人光弘・懲役一年二月)

(裁判官 中里智美)

別紙1 所得金額総括表

〈省略〉

修正損益計算書

〈省略〉

別紙2 ほ脱税額計算書

〈省略〉

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